Tortoise Shell

Webサービスの会社で働くエンジニアが、デザインやプログラミング、ライフハックについてゆるく書くブログです。

当事者意識に苦しみすぎないこと

マネージャーをやっていた時、周囲の不満がひたすら自分に向けられているようで、苦しい思いをしたことがある。ブログにも書いていた。

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しかし、今になって思えば、不要な当事者意識を持ちすぎていたのだろう。それに気付かされたのは、次のツイートを目にしたのがきっかけだった。

まさしく自分は、周囲のことを勝手に自分の責務として捉え、一人でストレスを貯めていたのだろう。

そういえば、数年前に読んだ「嫌われる勇気」という本で、「課題の分離」という概念が紹介されていたのを思い出した。

嫌われる勇気

嫌われる勇気

 

アドラー心理学では、目の前に課題があったときに、それは「誰の課題なのか」をまず考える。

例えば、社内で不満を持っているメンバーがいたとする。仕事のことかもしれないし、人間関係のことかもしれない。

その人のマネージャーが自分なのであれば、サポートすることになるだろう。

当事者意識を持ちすぎていると、その人から浴びせられる不満に対して、ストレスを溜めてしまうかもしれない。

しかし、その課題は、あくまでもその人の課題なのだ。

マネージャーとしては、その人が主体的に不満を解消できるよう、行動をサポートすることができる。

その人が、不満を言うばかりで行動しないのだとしたら、最終的には自身に跳ね返ってくることになるのだ。

マネージャーは、支援することはできるが、手取り足取り何でもしてあげることはできない。それは、結局はその人のためにならないからだ。

当事者意識を持てという言葉は、ビジネスの文脈ではよく耳にする。だが、課題の所在を履き違えた当事者意識は、ただの傲慢なのかもしれない。

自分と他人は違うのだ。第三者意識を持って、フラットにやっていけばいい。

そして、課題の所在をしっかりと把握した上で、あらためて他人を暖かくサポートしていけるような人になろうと思う。