Tortoise Shell

Webサービスの会社で働くエンジニアが、デザインやプログラミング、ライフハックについてゆるく書くブログです。

視座の高さと、越境についての走り書き

視座について。仕事をしていると、高い視座を要求されることがある。

エンジニアやデザイナーの場合、表面的なコーディングやビジュアルデザインに閉じず、上流から考えようという話になったりする。

UXの5段階モデルでいうところの、表層や骨格から、要件や戦略を理解することにあたる。

しかしながら、そもそも、視座を高めなければならない理由について語られることは少ない。

視座を高く持というという言葉は、それだけで正しいことのように思えて、実際には何を指しているのか分かりづらい。

自分でもモヤモヤして考えてみたのだが、ひとつには、次のような理由があるのではないか。

目の前の仕事が、全体の中でどの位置付けにあるのかを知らなければ、正しいアプローチができないからだ。

当たり前の話だが、目の前の仕事は、会社としての経営戦略と紐づく形で生み出されている。

全体の中での位置付けを理解した上で取り組まなければ、テクニカルな部分ではそれっぽいものができても、それで正しい方向に向かえているのかは判断できない。

使い古された例だが、それこそビジュアルが綺麗なだけのコーポレートサイトや、ろくに使われないのにオーバーエンジニアリングされた機能になってしまう。

だから視座を高めて、全体の中での位置付けを理解して、それから取り掛からなければならない。

要するに、よく言われるような、常に経営目線で考えろという曖昧な話とは異なる。

目の前の仕事が、どういう全体像の中で、どういうゴールへつながっているのかを理解して、あるいは見出しながらやっていこうという話だ。

では、全てのメンバーが視座を高める必要があるのかというと、そんなことはないと思う。

何かをやるということは、何かをやらないことだ。

例えば、めったにお目にかかれないような、ビジュアルデザインや実装スキルを持った人がいたとする。

類い稀ない能力は、そのスキルに集中してリソースを割いてきたからこそ、得られたものに他ならない。

そこまでの実力ならば、マネジメント側で「会社の難しいことは気にしなくていいから、とにかくパフォーマンスを出してくれればいい」という世界観もあるだろう。

しかし、小規模な会社であればマネジメントに割けるリソースも少ないため、各個人が全体感を意識して仕事をしてほしいと望む経営者は少なくないだろう。

つまるところ、あるべき論は存在しない。存在しないからこそ、会社によって、スタンスを明確にしておく必要がある。

だからこそ、もし「現場のエンジニアやデザイナーに、もっと高い視座を持ってほしい」と悩んでいるマネージャーがいたとすれば、期待値のすり合わせができていないということだ。

そこで、合意されていない期待が生まれているため、マネージャーのモヤモヤにつながってしまう。

エンジニアはこうあるべき、デザイナーはこうあるべき、という安易な職種論として語るのではなく、なぜ高い視座を持ってほしいのかを深掘る必要がある。

もう1つ。越境という言葉についても述べる。

昨今、プロダクト開発の文脈で、やたらと越境が大切と聞くようになった。

しかし、デザイナーがコードを書くとか、エンジニアが画面遷移を書くとか、そういうことではない。

先ほどの話と同じで、すぐに職種論として昇華される印象があるが、その職種がどこまでをカバーするのかは、そもそも環境によって異なる。

つまるところ、デザイナーのエンジニアの越境だとか、エンジニアとビジネスの越境だとか、職種で語ることには全く意味がない。

やるべきなのは、職種や階層をいったん忘れて、自分や周りが、どこまでを自分の守備範囲だと感じているのか。どこまでは「これは違う」と線を引いているのかを見なければならない。

その上で、そもそもなぜ越境しなければならないのか、深掘る必要がある。

越境という言葉は、プロダクト開発の文脈で言われることが多い。ひとつの理由として、昨今のプロダクト開発では、ロール間の協力が欠かせないことが挙げられる。

その時に、お互いの領域への知識があった方が、スムーズにコラボレーションできるからだろう。

そうすると、どこまで越境すればいいのかを定義することは、非常に難しい。「そもそも境目はどこなのか」という命題に突き当たる。

プロダクト開発であれば、例えばエンジニアが、デザイナーやPOのやっていることを理解することで、すぐにメリットが得られそうだ。

しかし、そのプロダクト開発を支えている、バックオフィスや、セールスなど、そちらはどうだろうか。

もちろん、理解していた方がスムーズだろう。そんなことは当たり前の話だ。しかし、僕たちはそれをやるのか。やるべきなのか。やりたいと思っているのか。

結局は、先ほどの視座の話と同じで、これも環境によって最適化は異なるのだろう。

正解はない。自分で考えて、自分の信じる道を行くしかない。