去年の後半から、プレイヤーとしてのデザイナーではなく、マネージャーをやらせてもらった。
その時は興味があった訳ではなかったが、試しにやってみるか、くらいの勢いでオファーを受けることにした。
これまでに、マネジメント関連の本を読んだことはあったが、やはり実際に当事者になるのとでは訳が違う。
今回は、約半年間という短い期間ではあるが、デザイナーからマネージャーになって起きた心境の変化を綴っておきたいと思う。
全てが跳ね返ってくる
元々そんなタイプではなかったが、マネージャーになると、周りの環境に愚痴を言えなくなる。
マネージャーは、与えられた環境でパフォーマンスを発揮するのではなく、環境を作り出す側の人間だからだ。
やろうと思えば経営層にもアクセスできる立場にいながら、行動もせず不平不満を言うことは、そのまま自身の無能さの証明になる。
数ヶ月前、自分の役割の変化を、明確に感じた出来事があった。
マネージャーになる前から仲良くしていた同僚達と飲みに行った時、会社の愚痴をたくさん聞かされて、うんざりしたことがあった。
プレイヤーだった頃なら「ああ、そうだね」と適当に笑って気にしなかったのが、マネージャーになって環境を作る側の立場に回ると、ひたすら自分が責められているような気分になったからだ。
役割を演じている感覚
マネージャーの仕事は、メンバーが活躍できるよう支援し、チームでの成果を最大化することだ。
その時に、メンバーのモチベーションを維持するために、何かを演じているような感覚に見舞われた。
例えば、社内行事に対して、「本当に必要なの?」「正直参加したくない」という声が上がったりする。
正直に言うが、自分だって、そんな風に思わないわけではない。
本音としては、あなたが参加しようとしまいと、最後にはあなた自身に返ってくるので好きにしたらいいと思っていたのだが。
そんな風に、何か役割を演じている感覚を覚えながらも、本心から演じきれず葛藤することが何度もあった。
特に、急な方針転換や意思決定に関して、メンバーに説明しなければならない場面でそうなった時はしんどい。
メンバーには、こんな観点で良いことがあると説明しつつも、まるで自分が詐欺師であるかのように錯覚する。
自分の機嫌は自分で取る
自分の機嫌を自分で取るのは、大人であれば誰もがそうすべきだと思うし、みんなそうしている自覚はあると思う。
しかし、マネージャーになって、自分がこれまでマネージャーから守られていたことを実感した。
マネージャーになると、メンバーの様子を注意深く観察して、何かしらの形で支援につながる行動を起こす。
普段は平気なのだが、たまたま心に余裕が無かったりすると、他人の主張に対してうんざりする瞬間があったりする。
実際には違うのだが、まるで周りが自分の権利ばかりを主張し、そのくせ自分からは環境を変えようとしない人に見えてしまうことがあった。
何かが納得できない、何かがモヤモヤするとSlackのどこかで愚痴るくらいなら、なぜそれを変えようとしないのか。
組織について、ネガティブなことでも気軽に発信できるような、心理的安全性が大切だとよく言われるようになった。
しかし、そんなネガティブをぶつけられるマネージャーの心理的安全性は、いったい誰が担保してくれるのか。
自分が心理的安全性を持って発信した言葉で、他者の心理的安全性を害する可能性について、考えたことがある人はいるのだろうか。
そんな風に思ってしまうのは、自分がいまだにプレイヤー時代の考え方を引きずっており、心のどこかで自分の苦労を分かってほしいという甘えなのかもしれない。
とどのつまり、これがロールの変化ということなのかもしれない。
おわりに
実際に書いてみると、思ったよりつらそうな内容になってしまったので、自分でも驚いている。
しかし、半年間のマネージャーとしての経験は、正直に言ってめちゃくちゃ勉強になった。
物事を色々な視点から見られるようになったし、組織に働きかける当事者としての経験を持てたことは、今後のキャリアの糧になると確信している。
偏見かもしれないが、デザイナーの中で、積極的にマネジメントをやりたいという人は少ないと思う。
それでも、もしオファーされたのであれば、ぜひ一度で良いのでやってみてほしい。