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ビジョンへの共感という幻想

採用の文脈で、ビジョンへの共感という観点がある。応募者に対し、ビジョンへの共感を求め、また採用基準とするのは理に叶っている。日本の正社員は無期限雇用を前提としているため、志を共有できるメンバーである事が重要だからだ。

しかし、ビジョンへの共感をいったいどうやって測るのか。また、それは本当にビジョンに共感したと言えるのか。それが課題だ。

例えば、これまでの転職活動を思い返してほしい。あなたは、会社のビジョンを目にして「到底理解できない。こんなビジョンは目指すべきではない。」などと考えたことはあるだろうか?わたしはない。おそらく、ほとんどの人は無い。

なぜかというと、よほど尖った事業をしている会社を除けば、多角的な事業を展開している企業ほど、ビジョンは抽象度が高く、反対する理由が無いようなワードになっているからだ。

ところで、共感を聞くと、何となく受動的な印象を持たないだろうか。例えば、つい感動してしまうとか、原体験と照らし合わせて納得できるとか、そんな感じだ。

ところが、上記の観点を踏まえると、実は受動的なものではないと分かる。多くのビジョンは高度に抽象化されており、反対する理由が見当たらないワードに仕上がっているので、ビジョン共感とは、自身が共感する理由をどれだけ見出せるか、それをもっともらしく面接の場でストーリーテリングできるか、という能動的な行為であり、一種のスキルなのだ。

だから、面接でビジョン共感を測るのは難しい。分かるのは、ビジョンに共感しているかどうかではない。ビジョンへの共感というお題に対し、どれだけそれっぽいストーリーテリングを行えるか。そして、それを自身の内部から湧き上がってきた感情だと思い込めるかどうかなのだ。

よって、結果的には、面接でビジョン共感を問うのは有効な方法である。なぜなら、上記のストーリーテリングができるということは、つまりはコミュニケーション能力があり、事業を自分ごとと捉えられるかの尺度になるからだ。ただし、ビジョンへの共感を正確に測ることはできない。そもそも幻想なのだから。