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Tortoise Shell

デザイナーによる、デザインやライフハックブログです。

福沢諭吉に学ぶ、「プロ」のデザイナーとして本当に大切にすべきこと

20代のわたしが聴いても新鮮だった「学問のすゝめ」

最近、福沢諭吉の「学問のすゝめ」をオーディオブックで聴きました。

いつかは読んでみたいとは思っていたのですが、オーディオブックで現代語訳版があるということに最近気づき、すぐさま購入しました。

学問のすゝめ―人は、学び続けなければならない

聴いていて驚いたのですが、20代のわたしが聴いていても、まったく内容に古さを感じませんでした。

その中でも、次の言葉は特に印象に残りました。

 まずは原文です。

知識見聞を開くためには、あるいは人の言を聞き、あるいはみずから工夫くふうを運めぐらし、あるいは書物をも読まざるべからず。

ゆえに学問には文字を知ること必要なれども、古来世の人の思うごとく、ただ文字を読むのみをもって学問とするは大なる心得違いなり。

文字は学問をするための道具にて、譬たとえば家を建つるに槌つち・鋸のこぎりの入用なるがごとし。

槌・鋸は普請ふしんに欠くべからざる道具なれども、その道具の名を知るのみにて家を建つることを知らざる者はこれを大工と言うべからず。

まさしくこのわけにて、文字を読むことのみを知りて物事の道理をわきまえざる者はこれを学者と言うべからず。

 

これはどういう意味なのかというと、

知識見聞を広めるためには、他人の意見を聞き、自らの考えを深め、本を読まなければならない。

なので、学問を行うためには文字を知っている必要があるが、昔の人が考えたように、文字を知ることそのものが学問であるというのは大きな間違いである。

文字を知ることは学問を行うための道具であり、家を建てるのに必要なトンカチやノコギリと同じだ。

それらは家を建てるためには必要不可欠なものだが、それだけを知って家を建てようという者は大工とは言えない。

同様に、文字を知っていても物事の道理を知らない者は学問を志す者とは言えないのだ。

ということです。

デザイナーが「学問のすゝめ」から学べる教訓

この言葉を聴いて真っ先に思ったのは、デザインの勉強でも全く同じことが言えるということです。

今の時代、パソコンさえあれば誰でもデザインワークができるようになりました。

その中で、PhotoshopやIllustratorなど「アプリケーションの使い方」を覚えることがデザインの勉強だと思っている人も多いようです。

しかし、当然ながら、道具の使い方だけを勉強することはデザインの勉強の本質ではありません。

上記の「学問を志す者の心構え」を、デザイナーにも当てはめるのであればこうです。

「フォトショやイラレはなんとなく使えてそれっぽいビジュアルは作れるけど、 道具の使い方だけを覚えてデザインの本質を学んでいない者は、プロのデザイナーとは言えないよね。」

ちょっと厳しいかもしれませんが、本当にその通りだと思います。

道具だけでなく、デザインの本質を学ぶことも大切

道具の使い方を学ぶことは確かに大切ですし、実際に学んである程度覚えていなければ仕事になりません。

しかし、良いデザインを行うためには基礎となる原理原則を学ぶことこそが重要なのです。 

今日のデザイン教育のあり方に大きな影響を与えたかつてのバウハウスは、「芸術と工業技術の融合がデザインである」という姿勢を掲げていました。

そのため、バウハウスのカリキュラムは基礎教育を受けた後で工房で実際の技術を身につける…という体系立った流れになっていました。

現代のわたしたちはどうか

昨今、特にWebデザインに関してはネットを見ていても、

「コピペで簡単!おしゃれなデザインを実現するためのCSSのテクニック20選!」

みたいな記事ばかりが持てはやされている気がします。

そういった断片的な知識を、書籍などから得られる体系的な知識と合わせてバランスよく吸収しているのであれば良いと思います。

しかし、インスタントな知識ばかりを消化し続けているのであれば、そういった学び方を続けて、いつか振り返った時に「確かに力が身についた」と自信を持って言える知識や技術がどれだけ残っているのだろうか…と考えなければならないかもしれません。

デザインの勉強でも福沢諭吉先生のおっしゃるように、基礎となる理論も、道具の使い方も、バランスよく学んでいきたいものです。

学問のすゝめ―人は、学び続けなければならない

学問のすゝめ―人は、学び続けなければならない

 

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