Tortoise Shell

Webサービスの会社で働くデザイナーが、デザインやライフハックについてゆるく書き連ねるブログです。

小学生のイジメに見る、日本人の「穢れ」という宗教観

「日本人は基本的に無宗教である」と思っている人は大勢いる。

例えば、キリスト教やイスラム教を信仰する外国人だ。

キリスト教やイスラム教など、一神教を信仰する人たちにとっては、日本人特有の八百万の神という考え方や、争いを避けて話し合いで物事を解決しようとする「和」の精神などは不思議に映るのかもしれない。

だが、こうした柔軟な価値観こそが、日本人が平和でいられる源にもなっているのではないだろうか。

しかし、もちろん日本人の宗教観がすべて優れているとは思わない。

少なくともネガティブなものとして残っているのは、「穢れ」という宗教観である。

例えば、あなたは他人が一度使った歯ブラシを、それが完璧に消毒されていたとしても使うことができるだろうか?

おそらく、大勢の人が抵抗を覚えるだろう。

つまり、「穢れ」というのは、物理的な汚れとは違った汚れなのだ。

これはまったく科学的なものではなく、明らかに宗教と呼べるものだ。

物理的な汚れは、洗ったりすれば落とすことができるが「穢れ」は違う。

こういった「穢れ」という考え方は、実は日本人独特の考え方なのだという。

「穢れ」は簡単に落とすことができないし、目に見えない。

だからこそ厄介なのだ。

この「穢れ」の宗教観については、井沢元彦さんの書籍でわかりやすく解説されていた。

学校では教えてくれない日本史の授業 謎の真相 (PHP文庫)

学校では教えてくれない日本史の授業 謎の真相 (PHP文庫)

 

わたしが「穢れ」の宗教観について知って、真っ先に思い浮かんだのは「小学生のイジメ」だった。

あなたも小学生のときに目撃したことがあるかもしれないが、「うわ、Aの呪いがついた!きたね〜」といって、いじめっ子たちがいじめられっ子を触ってつけた「呪い」と呼ばれる何かを付け合うという嫌がらせがある。

この「呪い」や「バイキン」は、明らかに物理的な汚れではなく、「穢れ」なのだろう。

果たしてこういったイジメは、例えば欧米の国にも存在するのだろうか?

あまりイメージが浮かばない。

(もし知っているという方がいらっしゃれば、興味があるのでぜひ教えていただきたい。) 

子どもたちの、あの「呪い(穢れ)」という概念は、いったいどこから発生するのだろうか…。

その答えを知るためには、歴史の本ではなく児童心理学の本を読んでみるべきかもしれない。

P.S.

今回の井沢さんの本も、例によってオーディオブック版を買って聴いた。

個人的には、こういう歴史の本は耳で聞いた方が流れがつかめるので良いと思う。

学校では教えてくれない日本史の授業